6話 すべてはここからスタート――国や宗教を問わない基本のキ

2015年08月04日

男ばかりの肉体労働の現場に、おネェちゃんが何しに来たんだ?

あからさまに拒否されることはなくても、“よそ者”が突然入ってきて、歓迎ムードたっぷり、ということはまずない。
敵意とまではいかなくても、警戒心や猜疑心をもたれている状態からのスタート。

しかも私には時間がない。
チェリーのシーズンは6月中旬までの約1カ月半。ゴールデンウィークにカリフォルニアに到着し、すでに数日は過ぎていたから、正確には残りあと5週間。ピークは2週間後には来る、はず。
なにせ天候次第なので、ピークがいつ来るのかも、いつチェリーの収穫が終了するのも正確にはわからない。
ただ、1日でもムダにしている余裕がないことだけは確かだ。

「Hola〜! Como estan? (ハーイ、みんな、調子はどう?)」

パレッタイズの現場に入ると、私は大きな声で挨拶をした。
満面の笑顔で、ワーカーの顔をぐるりと見回して手を降り、通りすがりのワーカーには一人ずつ「Hola〜(ハーイ)」、「Hola〜(ハーイ)」と笑顔で声をかけながら、セクションのチーフに向かって直進した。

そしてチーフに、ニコッと笑顔で

「お手伝いしてもいい?」

と声をかけた。

メキシコ人のチーフはやや驚いた顔で、

「ここで?この仕事を?」

と聞いてきた。小柄で細腕のおネェちゃんが何を言い出すんだ、と思ったのだろう。
私は笑顔のまま大きくうなずいた。

「人手があるに越したことはないよ」

とチーフも笑顔を返してくれた。

とにかく笑顔!ここからスタート

 

とにかく“笑顔”で“挨拶”

「どうやって、メキシコ人ワーカーの心を開いたんですか?」

この一件を私の講演会で話すと、聴講者からよく聞かれる質問だ。
答えはシンプル。

「とにかく“笑顔”で“挨拶”です」

「そんなことですか?」

「そんなことです」

聴講者は、もっと高度な“何か”を期待していることが多い。
けれど、たいてい、物事はいたってシンプルだ。
しかも、“そんなこと”すらできていないことの方が多い。

日本の管理職のおじさまたちと話をしていると、「最近の若いモンは、まともに挨拶もできない」と憤慨する声をちらほら聞く。

朝、オフィスに入っても、部下が「おはようございますっ!!」と挨拶をしてこない、というのだ。

もし、上司が「おはよう」と声をかけているのに、「おはようございます」と部下から返事が返ってこないのだとしたら、それは問題かもしれない。

けれどよくよく話を聞いてみると、そうではない。
自分がオフィスに入ったら、若いものはそれにすぐに気がついて「おはようございます」と上司に対して先に挨拶をしてくるのが当然だろう、こちらから声をかけないと挨拶できないようではダメだと、そういう話らしい。

自分からは「おはよう」と声をかけないのに、どうして自分には「おはようございます」と声をかけてもらえると思うのだろう?

挨拶は、「私はあなたの敵ではありませんよ」という意思表示だ。
これは国や宗教を問わない。ハ〜イと手をあげたり、握手をしたりするのは「武器を持っていませんよ」と相手に示す行為。

挨拶をこちらからしないというのは、つまり「お前の出方次第では、オレはお前の敵になる」もしくは「オレはお前の敵だ」と言っているようなものだ。
こちらが敵意を示しているのに、相手が笑顔で近寄ってきたり、心開いてくれることがあるだろうか。

こちらから元気に笑顔で「おはよう」と声をかければ、相手がなにも返してこないということはまずない。本当に敵対している関係か、嫌がらせをしているでもいない限り。
まずは自分からアクションを起こせば、距離は自然と縮まる。

私はかなり意識して、ワーカー全員に声をかけた。
3本あるベルトコンベアをそれぞれまわり、「Hola〜! Como estas? (ハーイ、調子はどう?)」と笑顔で一人ひとりに声をかけた。

最初の1、2日は、私の挨拶に怪訝な顔つきをするワーカーもいたが、すぐにみんな笑顔で手を降って挨拶を返してくれるようになった。
基本はラテン気質の陽気なメキシコ人ワーカーだ。相手が敵ではないとわかれば、すぐに「アミーゴ、アミーゴ」と仲良くなれる。

“コワモテ”ワーカーも笑顔を返してくれるように

 

 

“興味津々です!”を態度で示す

 

私は、声かけをしながら、彼らの仕事っぷりをちらちら観察した。挨拶ついでに、仕事の内容についてちょこちょこ質問もした。

「ここのベルトコンベアにはどのラインの製品が流れてくるの?」

「同じデザインの箱をどこで見分けてるの?」

「木目のパレットと青いパレットがあるけど、どう使い分けてるの?」

「もしインクジェットの表示がないのがあったらどうするの?」

一人に全部の質問を一気にしたら、まるで尋問になってしまうので、タイミングを見ながら1つずつ、違うワーカーに聞いていった。会話をすることでさらに距離感を縮めることができる。

彼らが答えてくれるたびに、私は相手の顔を見て、笑顔で相槌を打ち、

「へぇ〜そうなんだ〜。なるほどねぇ。教えてくれてありがとう!」

と、“興味津々です!”という態度をアピールした。
単なるアピールではなく、本当にどのように作業をしているのか理解する必要があった。

それから、人の良さそうなワーカーが並んでいるエリアを選んで

「お手伝いするね」

と声をかけ、ベルトコンベアとパレットの間にポジションを構え、流れてくるチェリーのカートン箱をパレットに積む作業を手伝い始めた。

チェリーの箱はほとんどが5キログラム入り。それを、動くベルトコンベアから持ち上げて、パレットに積んでいく。小箱の印字や、テープの有無やコンディションを確認しながら、パレットの四隅に合わせて、箱の向きも合わせてきれいに積んでいく。

スローペースで流れてきている時はいいが、箱がまとめて流れてくる時には、一箱一箱積んでいたのでは間に合わないから、一気に2箱(10キログラム)を重ねて持ち上げて積む。ワーカーは3箱重ねもしていたが、私には2箱が限界だった。さらにラッシュになると、担当している1〜2人で下ろしていたのでは間に合わないから、両サイドのワーカーも手伝ってくれる。

自分が担当している製品をきちんとキャッチできないと、そのまま後方に流れていってしまったり、ベルトコンベアから溢れ落ちてしまうから、必死で動く。重い~、なんて言っている場合ではない。次から次に、カートン箱は流れてくる。

最初の数日間、腕の筋肉痛はハンパじゃなかった。一日中立ちっぱなしだから足腰もガクガクになった。
普段、日本の生活で肉体労働と縁がないどころか、そもそも運動が大嫌いで、学生時代に部活経験もない私には、これはかなりの重労働だった。

しかも、パレッタイズを手伝うのはいいけれど、私には本来のクーラー(冷蔵倉庫)での出荷作業もあった。夕方、オーダーの内訳が決まってくる頃には、パレッタイズから極寒のクーラーに移り、夜中過ぎまで例の出荷作業をする。

今思えば、よくあれだけ身体がもったと思う。
疲れ果てたのを通り超して、早くも“ナチュラルハイ”状態だった。
ただ、「違う世界を見せてやる!」それしか頭になかった。

第7話 一緒に働きながら”楽”する方法を考える

2015年08月18日

最初は、「おネェちゃんが何しに来たんだ?」という雰囲気だったパレッタイズの現場。
でも、ワーカーの一人ひとりに笑顔で挨拶をし、声がけをしているうちに、現場に入るとこちらが声をかける前に、私に気づいたワーカーたちが

「Miwaだ~!」

と歓声をあげて出迎えてくれるようになった。
みんなが一斉に笑顔になってこちらを向く。こちらも笑顔で手を振りながら歓声に応える。
やった!仲間だと認めてもらえた!
そう思えた瞬間だ。

私は毎日パレッタイズの現場に入って、ベルトコンベアで流れてくるチェリーのカートン箱をパレットに積み上げる作業を手伝った。

「インクジェットの印字や封印テープのコンディションをちゃんと確認してからパレットに積んで」
「箱の向きを揃えて積んで」
「違う品番の箱を混載しないで」…
言いたいことは色々あるが、言えばやってくれるようなら苦労はない。

どうしたら、ワーカーに余計な負担をかけずに、少しでもミスを減らすことができるか。その具体策は、実際に現場に入って、ラインに立ってみなければわからない。
全体を見回し、ワーカーたちと一緒に作業をすることで、感覚や視点が一緒になる。

声出していこーーー!

担当する品番のカートン箱をベルトコンベアからピックアップして、インクジェットや封印テープのコンディションを素早く確認し、向きを揃えてパレットに積んでいく…
端から見ていた時には、それくらいのこと出来るでしょ、と思っていたが、実際にやってみると意外に大変だった。
カートン箱はどんどん流れてくる。ラッシュ時には、とにかくベルトコンベアから降ろすのが精一杯で、封印テープやインクジェットの細かいところまでチェックする余裕がないほどだった。

それでもやりようがないわけではない。
私はまず、カートン箱が流れ出てくるベルトコンベアの一番最初のところで、箱の向きを揃える作業から始めた。

ベルトコンベアにのってパレッタイズのセクションにカートン箱が流れてくる時、箱はあっちを向いたりこっちを向いたりしている。必ずしもある品番やインクジェット表示の見える面が正面を向いているとは限らない。
だからワーカーは、自分が担当している商品と同じデザインのカートン箱が流れてきたら、ベルトコンベアの上で箱をぐるりと回転させて、品番を確認してからピックアップしていた。
けれど、カートン箱が大量に流れてくると、箱を回転させている余裕は、時間的にもスペース的にもない。箱はひしめき合って流れてくるのだ。
同じデザインの箱だけれど、品番は微妙に1文字違う、というのもあったから、当然混載するリスクがあった。

ひしめき合って流れてくるカートン箱

 

そこで私は、“先頭係”になった。
私が勝手に作ったポジションだが、品番の表示がある面が手前になるように、ベルトコンベアの先頭ですべての箱の向きを一斉に揃える係だ。
箱の向きを揃えながら、ついでにインクジェットや封印テープのコンディションも確認して、不良があるものはそこで弾いた。

ちょっとしたコツがあって、箱の向きはベルトコンベアの流れる方向に対して斜め45度にする。そうすると、限られたベルトコンベア上のスペースにたくさんの箱を並べることができるし、後ろのワーカーも少し手前から品番を確認することができる。
同じ品番のカートン箱が大量に流れてきた時は、あらかじめ箱を2段重ねに積み上げておいた。

こうしておけば、カートン箱が大量に流れてきた時も後方のワーカーたちが品番を間違えて(あるいは未確認のまま)パレットに積んでしまうリスクは軽減する。パレットに積む作業に集中してもらえる。

“先頭係”の仕事はそれだけではない。
新しい品番のカートン箱が流れてくれば、大声で

「新しいの来たよぉーーーーー!」

と後方に声をかけた。
私が、チーフのマネをして、

「パレーーーーーーーッ!!」

と声をあげると、他のワーカーたちも面白がって、次々に

「パレーーーーーーーッ!!」「パレーーーーーーーッ!!」

と声をあげ、笑いが起こった。

ベルトコンベアの先方に同じ品番が大量に来るのが見えれば、

「20番、いっぱい来るよぉーーーー」

と叫んだ。
すると、20番を担当しているワーカーも、パレット係も

「よっしゃーーーーーー!」「あいよーーーーーー!」

と、声をあげて、準備体勢に入る。

以前のように、パレット係が慌ててパレットを準備してパニック状態になったり、誰も担当していない新しい品番の箱が、ベルトコンベアの最終地点で溜まるということもなくなった。

現場の雰囲気を盛りあげ、連帯感を高めるのに、声出しはとても有効だ。 特にこういう体育会系の現場では。

改善策は“楽”であること

ラッシュ時になると、“先頭係”ひとりでは、すべての箱の向きを揃えて、インクジェットや封印テープのコンディションを確認して、2段積みにして… という作業が追いつかない。
すると、“先頭係”のすぐ後ろにいたワーカーが、自発的に私のマネをして、“サブ先頭係”をしてくれるようになった。

私がパレッタイズのセクションにいない時でも、他のワーカーが“先頭係”になって、箱の向きを揃えたり、「来るよーーーーーー!」の声がけをしている姿を見たときには、とても嬉しかった。

“先頭係”が定着した!

私が始めた“先頭係”の作業は、いたって簡単なものだった。
“小柄で細腕のおネェちゃん”でさえできてしまう、ちょっとしたことばかり。 だからこそ、ワーカーたちも

「こんなことなら、オレたちにもできる」

「確かにこの方が楽だ」

と、ついてきてくれたのだ。

改善策は、“楽”でなければいけない。
“楽”を実感できなくては、続けてもらえない。

改善策を導入するのに、やたらと時間やお金がかかったり、ましてや実行すると負担が増えるというのでは、意味がない。

読者の中には、ベルトコンベアの先頭で箱の向きを揃えるとか、事前に来る商品を教えるとか、それくらいフツーに思いつくでしょ、という人もいるだろう。

けれど、“フツーに思いつく”のは、あくまで、自分の“仕事”がなんであるかをきちんと認識している場合だ。

単に「“カートン箱をパレットに積む”のが自分たちの仕事だ、インクジェットや封印テープのコンディション、混載がないかどうかのチェックは出荷担当の日本人チームの仕事だろ」と思っているワーカーが、“フツーに思いつく”のは難しい。

確かに“先頭係”やみんなの声出しのおかげで、作業効率は上がったし、不良品を見逃したり、混載のミス等も少なくなった。
けれど、それが定着したのは、品質改善がどーのこーのより、単に自分たちの作業が楽になったから、という要素の方が大きい。
それぞれがぐるぐるカートン箱を回転させたりするより、あらかじめ向きの揃った箱が流れてくる方が楽だし、先に2段積みになっていた方が楽だ。
粗っぽいチーフの「パレーーーーーーーッ!」の声だけより、明るい声でみんなで声がけする現場の方が雰囲気も楽しい。

でも、それだけでは自分たちの“仕事”をしていることにはならない。 次なる課題はそこだ。

第8話 ミスを他人のせいにしがちなのはどの国も同じ、さあどうする?

2015年09月01日

私が勝手に作った“先頭係”やみんなの声出しのおかげで、パレッタイズの現場の雰囲気は明るくなり、作業効率も上がって、不良品の見逃しや混載のミス等も少なくなった。

けれど、それが定着したのは、業務や品質に対する意識が変わったというより、単純に自分たちの作業が楽になったから、現場の雰囲気が明るくなったから、という理由にすぎない。

例え、効率よく仕事をしていても、それだけでは自分たちの“仕事”をしていることにはならない。

1つ前の工程には片足だけ突っ込む

いくら“先頭係”を置いたところで、そもそもパレッタイズのセクションにカートン箱が流れてくる時点で、インクジェットや封印テープの不良がある箱が大量にあったのでは、先頭係も手に負えない。

パレッタイズの1つ手前には、インクジェット工程のセクションがあった。 インクジェット機で、サイズや向け地を印字されたカートン箱は、ベルトコンベアにのって、隣の建物にあるパレッタイズのセクションに流れてくる。

実は、私が“先頭係”をやり始めた時に、西海岸カーゴ社(仮名)の社長に頼んで、インクジェットのセクションに西海岸カーゴ社のスタッフを1人置いてもらい、カートン箱がインクジェット機を通過した後のところで、インクジェットやテーピングのコンディションをチェックしてもらうことにした。もちろん不良のあるものはここで弾く。

インクジェットに不良があるものは、パレッタイズに流れ込む前に止めるべきだ。
けれど、パレッタイズのワーカーが、“カートン箱をパレットに積む”のが自分たちの仕事だと思っていたのと同様に、インクジェット担当のワーカーは“インクジェット機のプログラムをセットして、カートン箱を通す”のが自分たちの仕事だと思っていたから、インクジェット機を通った後の印字のコンディションをチェックするような習慣はついていなかった。

インクジェットのワーカーも同時に再教育したいところだが、ものには順序というものがある。
そもそも、クーラー(冷蔵倉庫)で出荷準備のヘルプに来た“通訳”の私が、パレッタイズのセクションにまで出て作業をしていること自体、異例なのだ。
まだその段階ではない。ゆるりゆるりと入り込まなければいけない。

だからここはひとまず、西海岸カーゴ社のスタッフに合間を見て手伝ってもらった。スタッフもずっと付きっきりというわけにはいかないから、パレッタイズのセクションに流れてくるインクジェット不良のカートン箱の数は、ゼロにはならないもののかなり減った。もし、当初のままだったら、先頭係だけでは、取り除ききれなかっただろう。

パレッタイズへ流れる手前で、インクジェットを確認するスタッフ(右上の青いシャツの人)

 

問いかけることで意識が変わる

私は毎日パレッタイズのセクションに入って、ワーカーに声をかけた。

「今日のインクジェットのコンディションはどう?」

「テープの貼り方はきれい?」

「こっちのラインは、何か問題はない?」

まずはセクションのチーフに声をかけ、その後ワーカーたちにも個別に声をかけながら同じことを聞いた。

「今日は、テープがなかったのを3箱見つけたよ」

「今のところ、インクジェットはいい感じだよ」

聞かれることで、以前なら無関心だったことにワーカーは意識を向けるようになった。

私は、3本のベルトコンベアを順番にまわって、カートン箱が積まれたパレットの山を全部こまめに確認し、もし不備があれば、その場で注意した。

はじめの頃、ワーカーたちは注意されると

「封印テープがきちんと貼っていないのはテープ係のせいだ」

「印字がかすれて判読できないのは、インクジェット係のせいだ」

と反発した。

問題が発生すると、ついつい前後の工程や他部署に責任を押し付けてしまいがちになるのは、どこでも同じ。
メキシコ人だから、という話ではない。

そんなワーカーたちに、私は

「まさにその通り〜!
テープの貼り忘れはテープ係のせいだし、印字がかすれて判読できないのは、インクジェット係のせい!」 でも、そういう不備のある箱をパレットに積んでしまったら、それはあなたたちの責任!
あなたたちの仕事は、不備のない箱だけを、間違いなくパレットに積むことだよ!」

と根気よく説明した。

「その代わり、もし、封印テープやインクジェットで、不良を見つけたらすぐに私に報告して。ちゃんと注意してくるから!
あっちだって、何も報告がなければ、自分たちが不良を出したり、ミスをしたってことに気づかないでしょ?
このままでいいんだって思っちゃうでしょ?
そしたらいつまで経っても不良は減らないでしょ?
こっちの手間も減らないでしょ?」

問いかけながら、納得してもらえるよう何度も話をして、実際、封印テープやインクジェットの不良が見つかれば、それぞれのセクションに行って報告をした。
時には、不良の現物を見せるために、5〜10キログラムのカートン箱を抱えて、他セクションまで小走りした。

パレッタイズのワーカーに、「あなたたちだけに責任を押し付ける気はない。それぞれが、自分の役割を果たすんだよ」ということを示して、理解してもらう必要があった。

 

意味と効果がわかれば、自発的に動き出せる

 

私は毎日何度もパレッタイズに行っては、抜き打ちでパレットの山をチェックした。
私が現場に現れると、ワーカーたちは慌てて自分のパレットの再チェックを始める。

人間のやることだから、不良品の見逃しや積み間違いは出てくる。
カートン箱の積み間違いは、封印テープやインクジェットの不良と違って、完全にパレッタイズのワーカーのミスだ。一切言い訳ができなかったから、指摘されると「やっちゃった〜」という顔をしながら、みんな素直に直した。

もちろん、不良もミスもなく積んであれば

「Muy bien (very good)!その調子〜、任せたわよっ!」

と、大きな声で、とびきりの笑顔で褒めた。

そのうち、私がチェックにまわると

「完璧だよ!見てくれ!」

と楽しそうに胸を張ってパレットを見せてくれるようになった。
それでも私が何かミスを発見した時は、周りのワーカーがにぎやかにブーイングを出し、本人も照れくさそうにする。

そこには、最初の頃にあった、「なんで自分たちのミスじゃないことで注意されるんだ!」という、ふてくされた態度や表情はもうなかった。

さらに、しばらくすると、“先頭係”や声出しだけでなく、パレットの山のチェックも、自分たちで率先してやるようになった。
私がいつもする指差し確認のしぐさまでマネして。

「私がいない時には、誰かが私の代わりをやりなさい」なんて指示を出さなくても、やっていることの意味を理解し、効果を実感すれば、自分たちで自発的に動き出す。

誰も意図的に質の悪い仕事をしようなんて思っていない。
同じように時間と体力をかけてする仕事なら、チームでいい仕事をしたいと思っているのだ。

それを理解して、自発的に行動できるくらい、メキシコ人のワーカーたちは“優秀”だった。

褒められた!イエーーーーイ!

 

第9話 全体のストーリーが見えれば、自分たちの役割も見えてくる

2015年09月15日

終了時間の見えないストレス

チェリーの作業は、収穫農家からの納入量によって、仕事量や作業時間が変わってくる。
チェリーの納入量が多ければ、当然、洗浄や選別といった作業の量は多くなるから、納入量を見れば、だいたいその日どれくらいの作業時間になるのか目安はつく。

しかし、その後のパッケージング(箱詰め)やパレッタイズのセクションは、チェリーの納入量が多くても、チェリーの質がよくなければ選別ではじかれ、最終的に商品になるチェリーの量はそれほど多くならないから、必ずしも納入量と作業時間が比例するわけではない。

毎朝就業スタートの時刻は決まっていても、その日何時に仕事が終わるかは、その時になってみないとわからなかった。

ワーカーのほとんどは、日雇いの時給制で働いていたが、その日の業務の終了時刻だけでなく、チェリーの出荷作業がいつまで続くのかも、実際にチェリーシーズンが終了する2、3日前になってみなければわからなかった。

パレッタイズやクーラー(冷蔵倉庫)の現場で、あるいは選別やパッケージングの他のセクションでも、いつもワーカーから聞かれるのが

「今日は何時頃までかかりそう?」

という質問だった。
終了予定時間は、“目安”でさえ、ワーカーには一切知らされていなかった。

ラテン系は時間にはそれほど厳格ではないけれど、それにしてもその日何時に終わりそうなのかが全くわからないまま仕事を続けるというのは、結構なストレスになる。

いくら選別の工程が終わってみないと出荷量の目安がつかないとはいえ、全く終了予定時刻がわからない、なんてわけがない。少なくともマネージャー層はある程度目処を立てているはずだ。

ベルトコンベアを流れるチェリー

 

 

なぜ、終了予定時刻をワーカーに伝えないのか、ラインの統括マネージャー(マネージャークラスで唯一の女性)に聞いたことがあった。

「例え“予定”であっても、ワーカーに何かしらの時刻を伝えてしまったら、その通りにならなかった時にワーカーからクレームが出るから言わないの。

“予定”時刻より作業が長くなれば、もう時間を過ぎているから、早く帰りたいと言い出すし、“予定”より早く終わってしまうと、思っていたより稼ぎが少なくなったと言い始める。

それに、時間を伝えようが伝えまいが、作業をする時間に変わりはないから、伝えても意味がないでしょ」

それが統括マネージャーからのこたえだった。

確かにその通り。伝えたところでそれほど作業時間が変わることはないし、“いちゃもん”をつけてくるワーカーもいるだろう。

でも、たいていのワーカーは、文句を言うために、時間を知りたいと言っているのではない。

ワーカーの中には子供がいる主婦も多い。帰りが遅くなるとわかっていれば、パートナーや親に子守りや家事を頼んだりすることもできる。
“予定”通りに行かず、変更があることくらい承知の上だ。それでも夜18〜19時頃には終わりそうなのか、夜中までの仕事になりそうなのか、それくらいは知っておきたい。ただそれだけだ。

全体のストーリーが見える大切さ

単純作業とはいえ、作業終了“予定”時刻と同様、ワーカーにもある程度の情報が必要だ。

「日本や韓国、中国にはアメリカンチェリーがないから高級品なんだよ。
 日本にもチェリーはあるけど、別の品種で色がもっと薄いの。
 私はアメリカンチェリーの方が好きだなぁ」

「今度ね、日本の大手のスーパーと取引が始まったんだよ。
 きっとここのチェリーの品質がいいからだね。日本は本当に品質に厳しいの。
 最初が肝心だから、ミスや不良を出さないようにいつもより気をつけようね」

そういう話をすると、ワーカーたちは「へぇ〜そうなんだぁ〜」と嬉しそうに聞く。
それまでは、自分たちの目の前の業務に直接関係のない情報は、ほとんど伝えられていなかった。

背景や全体像がわかれば、自分の仕事が何につながっているかが見えて、役割も明確になる。自分の仕事ももっと楽しくなる。
自分の仕事が何につながっているかを、知っているのと知らないとでは、大違いだ。

パッケージングのセクション

 

 

作業の指示や注意をする時も同じことが言える。

パレッタイズのワーカーに、ただ「封印テープに不良があるカートン箱をパレットに載せちゃったら、それはあなたたちの責任だよ」と、仕事の役割分担について説明したり、テープ係に「封印テープをきれいに貼ってね」と言っているだけでは弱い。

なぜ、そうする必要があるのか、をストーリーとして理解していなければ、頭と行動が結びつかず、自発的な行動につながらない。

「封印テープが貼ってなかったり、剥がれかけてたりすると、日本の通関でダメ出しされて輸入の許可がおりないんだよ。
日本の通関ってすごく厳しいから、ちょっとでもダメなものはダメなの。

輸入できなければ、当然お客さんにお金を払ってもらえないでしょ。
中身のチェリーはちゃんとしてても、テープひとつで、皆の仕事がムダになっちゃうんだよ。
お金をもらえないどころか、焼却処分になるから、その費用もこっちで負担しないといけなくて、マイナスになっちゃう。処分の費用って、チェリーの代金より高いんだよ。

当然お客さんにも迷惑かけるし、あんまりミスが多いと、値段下げろって言われたり、来年はもうあそこと取引するのはやめようって話にもなりかねないよね。
そんな仕事してたら、お給料もあがるわけないよね」

そこまで話をすれば、なぜ封印テープをきれいに貼らなきゃいけないのか、封印テープのコンディションを丁寧にチェックしなければいけないのか、仕事の意味や役割、自分との関連性が見えてくる。

西海岸カーゴ社(仮名)のスタッフは、通関でのチェックの厳しさやクレームを出した時のリスクについて当然知っていたけれど、パレッタイズやテープ係など他のセクションのワーカーはほとんど知らなかった。

たかがテープ貼り、たかがパレッタイズではない。
ラインで仕事をしている限り、“たかが”なんて仕事はない。

それぞれが一つひとつの工程をきちんとこなして、やっと完成するのだ。
全体から見たら、小さなプロセスかもしれないけれど、そこでのミスやいい加減な仕事は、全体に影響を及ぼす。

それをきちんと理解してもらうには、全体像のイメージが描けるような情報を伝え、自分たちが全体の中のどのポジションにいるのか、役割はなんなのかを教えてあげなければいけない。

それぞれのチームの役割を明確にすることで、自分たちの仕事は単なる前工程から次工程への経由地点ではなく、重要なプロセスの1つなのだと認識できる。
一人ひとりが自分の役割の重要さを実感し、責任を持って仕事をこなせるようになるし、チーム間の連携も高まる。

今までの、やらされ感いっぱいの仕事から、“自分だから任されている仕事”へのチャレンジに気持ちが変わっていく。

目の前にある自分の作業の話だけでは、チームワークはもちろん、責任感やモチベーション、自発的な行動は、生まれてこない。

第10話 言葉なしでも信頼関係は築ける

2015年09月29日

不良発生元に少しずつ入り込む

 

夜中まで続く極寒のクーラー(冷蔵倉庫)での出荷準備作業を少しでも楽にするために、パレッタイズの業務改善に着手したが、やはり不良やミスの発生元の作業や意識を改善しなければ、いくら不良品をパレットに載せないようにしたところでキリがない。

ただ、パレッタイズの前工程のインクジェットや封印テープを貼るセクションは、チェリーの洗浄や選別、パッケージング(箱詰め)といった一連のラインが入っているメインの工場の中にあった。
クーラーもパレッタイズも、それぞれ別の建物内にあったから、クーラーでの通訳もしくは出荷準備作業のヘルプをしにきたはずの“オネェちゃん”が、別の現場でうろちょろしていても、それほど目立たなかった。
しかし、メイン工場の中となると別だ。

私はあくまで西海岸カーゴ社(仮名)に雇われていて、その西海岸カーゴ社は、チェリー工場から出荷業務を委託されているだけだった。
業務改善やワーカーの教育に口出しはできる立場ではない。
それでも、インクジェットやテープ貼りの工程をそのままにしておくわけにはいかない。

インクジェット工程とパレッタイズの間に、チェック係のスタッフを1名置いてもらったのをきっかけに、私はメイン工場のエリアにちょこちょこ顔を出すようになった。
顔を出して笑顔で挨拶をする。そうして段々と距離を縮めていく。笑顔と挨拶は基本のキ。パレッタイズに入り込んだ時と同じパターンだ。

インクジェットと封印テープ貼りのセクションは、すぐ隣に並んで配置されていた。
インクジェットもテープ貼りも両方手を入れなければいけなかったが、インクジェット機はシステムと連動していることもあり、そう簡単にはいかないので、まずはテープ貼りから始めた。

パッケージングの後、ベルトコンベアを流れてくる大型のカートン箱に、封印テープをかけるのがテープ係の作業だ。
通常サイズのカートン箱は、パッケージングのラインの最後に自動テープ貼り機がついていたが、大型のカートン箱は手作業で封印テープをかけていた。
本当は、大型カートン箱にも対応するテープ貼り機もあるのだが、やたらと不具合が出て、すぐに機械の調整が必要になるので、手作業で貼っている方が多かった。

自動テープ貼り機

 

 

封印テープはおもに輸出向けの製品に必要で、出荷先の国の規定別に2種類のテープがあった。同じ国向けの製品しか流れていない時はいいが、異なる場合は、カートン箱に貼ってあるバーコードの番号を確認しながら該当するテープをかける。
流れている製品に合わせて、それぞれの生産ラインに1人か、2人のテープ係が配置されていた。

耳が不自由な少年との“会話”

テープ係をしていたある少年は、聴覚に障がいがあって、会話をすることもできなかった。

最初、私はそのことに気がつかず、パレッタイズや他のテープ係のワーカーにやってきたのと同じように、テープ貼りの作業を手伝いながら、封印テープの重要性について話をした。

封印テープの貼り漏れがあったり、間違ったテープを貼ってしまうとどうなるのか、テープが短いとはがれやすくなり、はがれていると開封扱いになって通関で処分されるなど、ひと通り話をして、だからテープ貼りの作業というのは単純そうに見えて実は重要な仕事なのだと説明した。

すると、ある日、近くにいた別のワーカーが

「彼は、耳が聞こえないし、口もきけないんだよ」

と教えてくれた。

それを聞いて思わずはっとしたが、そんな私の表情を見て、テープ係の少年は笑顔で「大丈夫!」のサインを出してくれた。
耳が聞こえなくても、私たちのやりとりはわかっていたようだった。

そもそも、ラテン系は会話をする時に身振り手振りが多いし、動きも大きい。
私もメキシコでの生活が長かったせいか、すぐに思ったことが表情に出るし、話をする時の身振り手振りも大きい。

テープ係の少年に説明している間も、無意識に「ここまでだよ」と位置を指差したり、実物を見せながら「これは良い例でこれは悪い例ね」と、ジェスチャーでOKマークやバツ印を出しながら話をしていたから、聴覚が不自由でもだいたいは理解してくれていたようだ。

テープ貼りの少年

 

 

実際、彼は以前よりテープを確実に丁寧に貼ってくれるようになっていた。
だから私はその時まで、少年の耳が不自由だったことに気がつかなかった。
ただちょっと恥ずかしがり屋さんだから、笑顔で挨拶を返してくるだけで、話しかけてはこないのだろうと思っていた。

彼はとてもいい少年で、すぐに仲良くなった。遠くからでも目が合えば、いつも手を振って笑顔で応えてくれた。仕事も丁寧でミスもなく、彼がテープ貼りを担当してくれている時は安心して任せられた。

声なき声に気づくことの大切さ

 

そんなある日。 私がパレッタイズのセクションでベルトコンベアを流れてくる製品のチェックをしていると、やたらと封印テープの切れ端がぐちゃぐちゃでひどいコンディションのカートン箱がいくつも流れてきた。

「こりゃひでぇな」

と、パレッタイズのワーカーも呆れ顔になった。
それでも、そのままパレットに積まれてしまっては困るので、ブーブー言うパレッタイズのワーカーをなだめて、封印テープの貼り直しを頼んで、テープ貼りの場所へ走った。
おそらくまた新人が入ったのだろう。

ラインのワーカーは、ほとんどが日雇い労働だ。大半のワーカーは定着していたけれど、中にはほんの数日で辞めてしまう人もいて、その度に新しいワーカーが入ってきた。

“単純作業”をする者に、わざわざ新人研修はなく、むろんマニュアルなどもなく、いきなり現場に送り込まれて、作業にとりかかる。
パレッタイズのように、すぐ隣に先輩ワーカーがいてくれれば、丁寧に…とまではいかなくても、基本的なことや注意しなくてはいけないことくらいは教えてもらえる。
けれど、テープ係のように通常1人で担当する作業だと、誰も細かいことを教えてくれる人がいない。最初にマネージャーかチーフからごくごく簡単な指示を聞くだけだ。

せっかくワーカーに色々説明して教育しても、人が入れ替わってしまっては意味がない。いちからやり直しだ。
「また新人さんに最初から説明しなくちゃ」と思いながら、私はテープ貼りの現場へ向かった。

けれど、そこにいたのはいつものテープ係の少年だった。
ラインを流れるカートン箱の量は確かに多かったけれど、それでも彼があんな雑な仕事をするわけがない。
すぐ、少年のところに行って、

「どうしたの?」

とジェスチャーをして聞くと、彼はしきりにテープカッターの刃を指差した。
テープカッターをよく見ると、カッターの刃先が見事に歪んでいた。

1日数百〜数千箱にテープをかけるのだから歪むのも当たり前だ。
私はすぐに新しいテープカッターを探して、少年に渡した。
少年は笑顔で仕事に戻った。

少年の近くには、他にも別の作業をしているワーカーが何人かいた。
けれど、彼には

「カッターの刃がやられた。新しいカッターをください!」

と言葉を発することができない。

下っ端の若いワーカーが、勝手に持ち場を離れることもできない。カートン箱は次々と流れてきているのだ。
だから、少年は、カッターの不調を訴えることもできず、そのまま切れ味の悪いカッターで作業を続けるしかなかった。

でも。
この少年がどんな仕事をするかを知っていれば、彼の仕事っぷりを注意深く見ている人がいれば、何かがおかしいとすぐ気づいたはずだ。

 

「何やってるの!? テープはきれいに貼ってって言ったでしょう!? 何度言えばわかるの!?」

なんて、いきなり怒鳴ったり叱ったりして、彼のモチベーションを下げたり、傷つけることもない。

ちょっとした出来事だったけれど、この時から私と少年の信頼関係は、より一層強いものになった。

「今日もテープ、きれいに貼れてるね。
 テープはあなたがやってくれるから安心ね!任せたからね!」

聞こえていないのはわかっていても、笑顔で挨拶をして、大きな身振り手振りで私は気持ちを伝えた。

少年も笑顔でうなづきながら

「任せて!」

と返してくる。

声には出せなくても、そう言っているのが、目を見ていればわかる。

自分の仕事をきちんと見てくれている人がいる、信頼して任せてくれる人がいる、と思えばこそ、その期待に応えられるようないい仕事をしようという気になるのだ。