これからは

     年金もらって、おもう存分の病院通いを          
         書いて行くか。。。。
じゃなく  
                          大腸癌治療中 ( ̄□ ̄;)2017.11.12~


恵みのとき
 病気になったら
             晴佐久昌英

 

病気になったら どんどん泣こう

 

痛くて眠れないといっては泣き
手術がこわいといって涙ぐみ
死にたくないよといって めそめそしよう

 

恥も外聞もいらない
いつものやせ我慢や見えっぱりを捨てて
かっこわるく涙をこぼそう

 

またとないチャンスをもらったのだ
じぶんの弱さをそのまま受け入れるチャンスを


病気になったら おもいっきり甘えよう

 

あれが食べたいといい
こうしてほしいと頼み
もうすこしそばにいてとお願いしよう

 

遠慮も気づかいもいらない
正直に わがままに自分をさらけだし
赤ん坊のようにみんなに甘えよう

 

またとないチャンスをもらったのだ
思いやりと まごころに触れるチャンスを


病気になったら 心ゆくまで感動しよう

 

食べられることがどれほどありがたいことか
歩けることがどんなにすばらしいことか
新しい朝を迎えるのがいかに尊いことか

 

忘れていた感謝のこころを取り戻し
この瞬間自分が存在してる神秘
見過ごしていた当たり前のことに感動しよう

 

またとないチャンスをもらったのだ
いのちの不思議を味わうチャンスを


病気になったら すてきな友達をつくろう

 

同じ病を背負った仲間
日夜看病してくれる人
すぐに駆けつけてくれる友人たち

 

義理のことばも 儀礼の品もいらない
黙って手を握るだけですべてを分かち合える
あたたかい友達をつくろう

 

またとないチャンスをもらったのだ
試練がみんなを結ぶチャンスを


病気になったら 安心して祈ろう

 

天に向かって思いのすべてをぶちまけ
どうか助けてくださいと必死にすがり
深夜 ことばを失ってひざまずこう

 

この私を愛して生み 慈しんで育て
わが子として抱き上げるほほえみに
すべてをゆだねて手を合わせよう

 

またとないチャンスをもらったのだ
まことの親に出会えるチャンスを

 

そしていつか 病気が治っても治らなくても

 

みんなみんな 流した涙の分だけ優しくなり
甘えとわがままを受け入れて自由になり

感動と感謝によって大きくなり


友達に囲まれて豊かになり
天の親に抱きしめられて

自分は神の子だと知るだろう

 

病気になったら またとないチャンス到来
病のときは恵みのとき

 


  病院に置いてあった本からで
  最後まで行くと キリスト教の神父さんと分かる
  調べたら カトリック 福音教会らしい
  わたくし 不熱心な浄土真宗の信じてない信者としても
  納得のことばです


 


莫妄想 まくもうそう

 

禅語の妄想とは、優劣、愛憎、貧富といった二元論にとらわれる心のありかたをいいます。
人と比較して考えるのではなく、ありのままを受け止めることです。

 


而今 にこん

 

「今」を大切に生きることです。
戻ってこない「過去」や、まだ起きていない「未来」にとらわれ、後悔したり、
不安を抱くのは、「今」をきちんと生きているとは言えません。

 


放下着 ほうげじゃく

 

いっさいの執着や思慮分別を放り捨てなさいということ。
悩みが生まれる原因は、何かにとらわれてるから。
執着心を持たないのは難しいですが、減らすことは可能です。